初の黒人演歌歌手、ジェロ(26)が2月20日、シングルCD「海雪(うみゆき)」(ビクター)を出しデビューする。ベースボールキャップとだぼだぼジーンズのヒップホップファッションでステージに登場するが、歌声は日本人も真っ青の哀愁とこぶしの効いた本格演歌。日本人の祖母の夢に応えようようと米国から来日。演歌界に新風を吹き込みそうだ。
■ギャップに驚嘆
昨年5月に行われたジャズバンドの野外ライブに、ゲストで呼ばれたジェロ。ステージに登場して得意のヒップホップダンスを披露した後、「これから演歌を歌います」と自己紹介すると、ルックスとのギャップに聴衆から笑いが起きた。しかし、デビュー曲「海雪」を歌い始めると、その高い歌唱力に観客の反応はどよめきに変わった。
サーフィンが盛んで温暖な「カリフォルニアの海しか見たことなかった」と語るが、「あなた追って出雲崎…」というデビュー曲の一節と哀愁を感じる歌声はすっかり日本海の雰囲気。歌い終えると、会場からは満場の拍手がわいていた。
■ソース(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/080216/msc0802161704005-n1.htm
※写真 黒人演歌歌手のジェロ
http://sankei.jp.msn.com/photos/entertainments/music/080216/msc0802161704005-p1.jpg
■祖母の夢に応え
祖母の多美子さん(享年76)は、第二次世界大戦後、神奈川県に駐留していた米国軍人と結婚。米ペンシルベニア州ピッツバーグへ渡った。
美空ひばりさんが好きだった多美子さんは、家でレコードをよくかけ、ジェロは5歳で「越後獅子の歌」を歌えるようになった。祖母と母はジェロに「大きくなったら日本に行って演歌歌手になってね」と夢を語りかけていたという。
祖母と母以外は、家族で英語で話していた一家。「演歌歌手になるためには日本語を学ばなければがうまくないといけない」と思い、15歳のときに日本語スピーチコンテストに参加し来日。
米国に戻りピッツバーグ大情報科学部でシステムエンジニアリングを勉強をしたのち、平成13年に関西外語大に留学し再来日、ヒップホップのダンスサークル
に入ってダンスを学んだ。同時に演歌歌手になるため、和歌山県で英会話学校の講師をしながらカラオケ大会を次々と転戦して機会をうかがっていた。
■紅白出場が目標
歌手への道が開けたのは、再来日2カ月後に和歌山県新宮市で開かれたNHK素人のど自慢大会に出場したことだった。ヒップホップファッション「坂本冬美の夜桜お七を歌います」と紹介し会場は爆笑。しかし、みごとな歌唱力で合格し準グランプリに。
そのうわさを聞いたビクターの関係者が17年に別の大会でジェロが歌うところをみて、歌唱力だけでなく存在感のある個性も評価しスカウトした。
約2年間のボイストレーニングののち、今年に入って念願のデビュー曲が決定。作詞は偶然にも祖母が好きだったひばりさんの曲を手がけた作詞家の秋元康さんが担当、作曲家の宇崎竜童さんが曲をつけた。
曲は、尺八の音色で始まる、かなわぬ愛を歌った悲恋の女歌。今月1日には、巣鴨のとげぬき地蔵通りでストリートライブを決行。老齢の女性に「レゲエのおにいちゃんかい?」と最初はきょとんとされたが、歌い始めると道行く人が歌唱力にびっくりして次々と足をとめた。
ジェロは「祖母はデビュー前に亡くなり歌手になった姿はみせられなかったが、歌手になる約束は果たせた。演歌ファンだけでなく、ふだんは演歌を聴かない若い人にも演歌に興味をもってもらいたいです。NHK紅白歌合戦に出場できるよう頑張りたい」と話している。
■ビクターの紹介ページ
http://www.jvcmusic.co.jp/jero/

